福岡高等裁判所宮崎支部 昭和40年(行ス)1号 決定 1965年5月14日
抗告人(相手方) 宮崎県知事
相手方(申立人) 有限会社北諸県養蜂
主文
原決定を取消す。
相手方の本件行政命令の効力停止の仮処分命令の申請を棄却する。
抗告費用並びに右仮処分命令申請費用は相手方の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨およびその理由は別紙(一)記載のとおりである。
よつて案ずるに、本件記録中の疏明資料一、同二の一、二、同三の一ないし四、同四、同一一ないし一三、および当裁判所の抗告人指定代理人三毛敏夫の審尋の結果によると、相手方は抗告人の許可なくして、はちみつ採取用のみつばちを飼育する目的で、昭和四〇年四月二七日鹿児島県よりみつばち約三五〇群を宮崎県に移動し、これを同県北諸県郡高崎町、高城町、中郷村において飼育し始めたので、抗告人は相手方に対し同年同月二九日付文書を以て別紙(二)記載どおりの、行政代執行法第三条第一項による本件戒告処分をなしたことが疎明され、また疎明資料一、同二の一、二によると相手方は同年同月三〇日原裁判所に対し右戒告処分取消請求の本案訴訟(同裁判所昭和四〇年(行ウ)第一号事件)を提起するとともに、行政事件訴訟法第二五条第二項により、右本案訴訟の判決あるまで本件戒告処分の効力を停止する旨の決定を求める申立(前文掲記の本件仮処分命令申請事件)をなしたところ、原裁判所は同年五月一日本件疎明資料一記載どおりの決定をなしたものであることが明らかである。
養ほう振興法第四条第一項は、養ほう業者は他の都道府県の区域内に転飼しようとするときは、省令の定めるところにより、あらかじめ転飼しようとする場所を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならない、と規定しているところ、相手方は本件仮処分命令申請事件の申請理由中において、相手方は都城市に住所を有する歴然たるみつばちの定飼業者であるから、みつばちの飼育に県知事の許可を要するものでなく、本件戒告処分は憲法の保障する住所並びに職業選択の自由を侵害する違法な処分である、と主張し、また昭和四〇年四月三〇日の原裁判所に対する意見申述に際し、相手方にはみつばちを転飼の方法で飼育する意思はなくしかも新たにみつばちを買入れたものであるから抗告人の許可を要しない、もし新規購入の場合にみつばちを移動させたことが、前記法条の「転飼」に該当するとすれば、新規に養ほう業を営もうとする者は、都道府県知事の転飼の許可のない限り開業できないことになり、憲法の保障する職業選択の自由に著しい制限を加えることになつて、明かに人権侵害となる、と主張している。しかし前記法条にいう「転飼」とは、同法第一条に規定されている同法の目的と、その目的のための重要なる措置としてみつばち群の配置の適正を掲げている点、同法第二条に規定されている「転飼」の定義を併せ考察すると、単に飼育形態としての「転飼」のみを意味するものでなく、およそはちみつ、またはみつろう採取用のみつばち飼育の目的で、みつばちを他の都道府県に移動させる行為をも含むものと解するのが相当である。したがつてみつばち移動先の府県に住所を有する、いわゆる定飼業者が定飼するためみつばちを他の府県から新規購入し、右住所のある府県にみつばちを移動させる場合でも、前記法条にいう「転飼」に該当する、というべきである。また憲法第二二条の居住、移転、及び職業選択の自由の保障は無制限なものでなく、公共の福祉に反しない限りにおいて保障されているのであり、公共の福祉のために制定された法律もしくはこれに基く行政処分により、直接または間接に右の自由が妨げられることがあつてもこれを以て、右法律や行政処分が同条違反であつて基本的人権を侵害する、ということはできない。養ほう振興法第四条第一項は、はちみつ及びみつろうの増産を図り、あわせて農作物等の花粉受精の効率化に資するため、みつばち群の配置を適正にするという公共の福祉のため定められた規定であると解されるから、右法条により養ほう業の新規開業が制限を受けることがあつても、これにより右法条が憲法上の職業選択の自由、基本的人権を侵害するということはできない。そうだとすると仮りに相手方がみつばちの定飼業者であり、その住所のある宮崎県に前記のとおりみつばちを移動させたのが、みつばちを新規購入したためであつたとしても、事前に転飼養ほうにつき抗告人の許可を要すべきであつたことは明らかであり、その許可なくしてみつばちを鹿児島県より宮崎県に移動させ、前記場所でこれを飼育していることは違法といわなければならない。而して、本件戒告処分は右違法状態を除去するための行政代執行法に基く代執行の前提処分としてなされたものであるから、これまた相手方の住所、職業選択の自由を侵害するものということはできない。よつて相手方の前記主張は理由がない。
次に相手方は前記原裁判所に対する意見申述に際し(一)本件戒告処分は(一)昭和四〇年四月二九日午後三時頃相手方に送達されたのに、僅か一日後の三〇日までにみつばちを撤去することを命じており、かかる戒告に従うことは不可能であり、(二)みつばちを他の者によつて移動さすことは、みつばちを死滅させ、甚大な損害を惹起するから、代執行に適しない。との二つの理由を挙げて本件戒告処分は違法不当であると主張する。しかしながら本件疎明資料一〇ないし一四、当裁判所の抗告人指定代理人三毛敏夫の審尋の結果によると相手方は昭和四〇年一月二六日付で、抗告人に対しみつばち飼育届を提出したが、抗告人より転飼許可の申請が必要である旨通知を受けたので、同年三月三日付でみつばち転飼許可申請書を出したこと、ところが右申請は同年同月二五日不許可処分となつたので、相手方はさらに同年四月二日付の再審査請求書を抗告人に提出したこと、前記みつばちの移動に先立ち、あらかじめこのことあるを察知していた宮崎県畜産課長三毛敏夫より、もし許可なくして鹿児島県より宮崎県にみつばちを移動させたら撤去を命ずる旨通告を受けていたこと、したがつて相手方は右移動より前に、本件戒告処分がなされることを予知していたこと、昭和四〇年の北諸県郡における、れんげの流密期は四月二〇日頃より五月一〇日頃までの短期間で、急速にみつばちの撤去を命じなければ時機を失するおそれがあり、したがつて、撤去の猶予期間を僅か一日としたのは止むを得なかつたこと、また一日あれば相手方が前記場所で飼育しているみつばちを県外に撤去することは不可能でないことが疎明される。そうだとすると仮りに相手方が本件戒告処分の送達を受けたのが昭和四〇年四月二九日午後三時頃であつたとしても、このことにより本件戒告処分を違法不当というべきでないから、相手方の前記(一)の主張は理由がない。また前記三毛敏夫の審尋の結果によると、専門家を使役することにより、みつばちを死滅さすことなくしてこれを撤去することができ、代執行も可能であることが疎明されるから、前記(二)の主張も理由がない。
以上のとおりで、相手方の本件戒告処分を違法とする主張はすべて失当であり、他に本件戒告処分を違法とする理由は見当らないから右処分の執行停止を求める本件行政命令の効力停止の仮処分命令の申請は、行政事件訴訟法第二五条第三項の本案について理由がないとみえるときに該当するのでこれを棄却すべきである。そうだとすると原決定は違法であること明らかであるから取消しを免れない。よつて行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 原田一隆 野田栄一 宮瀬洋一)
(別紙(一))
抗告の趣旨
原決定はこれを取り消す。
相手方の申請に基づき、宮崎地方裁判所の昭和四〇年五月一日抗告人に為したる決定はこれを取り消すとの裁判を求める。
抗告理由
一、相手方二宮文雄は、訴状(資料二の一)中請求原因四において定飼業者であると称し、仮処分申請事件に対する決定(資料一)にも「本案について理由がないとはみえない」と主張しているが、二宮文雄は昭和四〇年四月二七日以降鹿児島県から宮崎県に蜂を持ち込んでおり、その行為は、明らかに転飼である。
このことを間接に証する資料として鹿児島県知覧家畜保健衛生所発行の「みつばちの腐蛆病検査証明書」(資料三)宮崎県入地確認の写真(資料四)を添付します。
二、養ほう振興法にいう転飼とは、はちみつ若しくはみつろうの採取または、越冬のため、みつばちを移動して飼育することをいうものであり、県外から購入譲受等の場合も含まれることは、「みつばちの転飼について」(資料五)の照会並びに同回答「養ほう振興法にいう転飼の解釈について(資料六)」で明らかにされており、相手方二宮文雄が知事の許可を受けないで、鹿児島県から宮崎県に、みつばちを持ち込んだことは、養ほう振興会に違反している。
三、相手方二宮文雄は、鹿児島県から宮崎県に、みつばちを持ち込むことは、飼育届によるべきものでなく、転飼の許可を要することを承知していることは、次の事実で明らかであり、敢へて養ほう振興法を侵している。
(1) 二宮文雄は、昭和三九年四月鹿児島県から宮崎県にみつばちを持ち込み、四月一九日付で宮崎県北諸県農林事務所長に「みつばち飼育届」を提出したので、宮崎県経済部長は、二宮文雄に対し、「養ほう振興法第四条第一項に違反すると解されるからすみやかに撤去されたい」と通知(資料七)し、更に、宮崎県畜産課長は、「畜産局長から転飼と見做すとの解釈が九州農政局へ通達された。自発的に撤去されたい」と打電(資料八)したところ、二宮文雄は、「貴電見た。月末までに撤去の手配す、五月本件のため貴県へ向う」との返電(資料九)を寄せているので二宮文雄は、自分の行為が転飼であると認めたものと解される。
(2) 昭和四〇年一月二六日付で、みつばち飼育届(資料一〇)を宮崎県知事に提出したので、宮崎県知事は、転飼許可申請が必要である旨通知(資料一一)したところ、二宮文雄は、三月三日付でみつばち転飼許可申請書(資料一二)を提出した。
宮崎県知事は、三月二五日付文書で許可できない旨通知(資料一三)し、二宮文雄は、四月二日付で再審請求書(資料一四)を提出していること等の事実があり、これ等のことから、二宮文雄は、自分の行為が転飼であると認めたものと解される。
四、相手方二宮文雄は、訴状(資料二の二)に定飼業者であると記載しているが、既に記述した点から定飼業者でないことは明らかである。
五、相手方二宮文雄が、昭和四〇年三月三日付文書で宮崎県知事に提出した「みつばち転飼許可申請書」(資料一二)に対し、宮崎県知事は、「現在の蜜源に対し、更にみつばちの入地を許可すると、蜂群に対する面積が減少して養蜂経営が困難になること、及び過去においても人畜に対する被害が起きているが蜂群が過剰になると、人畜に対する被害が起り得る可能性が増大する」との理由で許可できない旨の通知(資料一四)をした。
六、養蜂業を営む場合、レンゲは密源として重要であるが、レンゲの流蜜期として大切な期間は極めて短く約一五日~二〇日位である。従つて、法に違反して持ち込んだみつばちを、すみやかに排除しない場合は、その人間は、法に違反したまま、みつを取るという目的を達するので養ほう振興法の効力を維持することは困難となり、養蜂行政の遂行も困難となる。
七、みつばちは、適正なる配置をすることによつて自然の花蜜を集めて人々に提供すると共に花粉の媒介を行い果実の結実にも貢献するが、著しく多くのみつばちを特定地区に飼育した場合には、人畜に被害を与えるばかりでなく、採蜜量は少なくなり養蜂経営も困難となる。
このような点からも法に違反して入地するみつばちはすみやかに排除する必要がある。
八、相手方二宮文雄の訴状(資料二の二)の請求原因六によると、「豊富なる飼料のある土地に移さざる限り養蜂は死滅し…云々」とあるが、定飼養蜂家の場合、一年間常時自己所有のみつばちを飼育するのに必要な蜜源(花)がある訳ではない。花が少ない季節や殆んどなくなる季節には水飴や砂糖を飼料として飼育している。また、転飼養蜂家の場合も、花の少ない土地や花の少ない季節には、水飴や砂糖で飼育しているのである。以上のことから、代執行により、天然の豊富な飼料のない場所にみつばちを移動しても飼料を給与すれば死滅することがないことは明らかである。
仮処分申請事件に対する決定(資料一)に、「回復の困難な損害を避けるため」と主張しているが、以上のことから、代執行を行つた場合でも、「回復の困難な損害は充分に避ける方法があること」を認めるべきである。
九、相手方二宮文雄の訴状によると、「得べかりし利益の喪失百七十万円余に及び……云々」と記載しているが、このことは、逆に当該地区にみつばちを飼育している人々の採蜜量が百七十万円相当額減少することを意味し、当該地区の養蜂業者に損害を与へていることなり、二宮文雄が養ほう振興法に違反して持ち込んだみつばちを、そのまま放置すると損害は増大するばかりであるからすみやかに排除する必要がある。
(別紙(二))
タツ255-1
都城市横市4,395番地
有限会社 北諸県養蜂
代表 二宮文雄
北諸県郡高崎町、高城町及び中郷村に転飼してあるみつばちは養ほう振興法第4条に違反しているので、ただちに県外へ撤去されたい。
昭和40年4月30日までに履行されないときは行政代執行を行なうことがありますので念のため申し添えます。
昭和40年4月29日
宮崎県知事
黒木博 宮崎県知事印